Slow Food
   

テッラ・マードレの物語


Italy - 22 Sep 08

アフリカ ウガノンの地域食材を使った学校給食(コートジボワール) コートジボワール北部、コロゴから70キロに位置するウガノンという村では、スローフード、キガタ・コンヴィヴィウムによって始められた、地産地消の教育プロジェクトが続けられています。このプロジェクトには、村の全ての住民が参加していますが、なかでも、主体的役割を果たしているのは、ウガノンの学校です。バランスに配慮した、体によい地域食材を基本とした料理メニューが準備され、1日に少なくとも2回の食事が生徒達に提供されています。村の女性達により栽培された食材は、一部は学校給食に、一部は家族の食卓に、また、一部は同プロジェクト運営資金獲得のため、市場で販売されます。 2008年4月7日、コンヴィヴィウムの構想発表の後に、村長は、ウガノンの住民に7ヘクタールの土地を譲渡しました。そして、村の女性達は、化学肥料がまだ使用されていなかった20年前まで、その地で普及していた有機農業技術を復活させました。 校長は、地域食材と学校を結びつけるアイディアに、諸手を挙げて賛成しました。なぜなら、近年、WFP(世界食糧計画)がアフリカの学校給食に輸入食材を供与したことで、伝統的な食品が消えようとしているからです。 プロジェクトの開始から、7ヘクタールの土地は開墾され、耕される一方で、農業技術者、農業エンジニアの協力で、その土壌の特性により適した穀物や野菜が選ばれました。最初の生産物となった、米、ピーナッツ、インゲンマメは9月及び10月に収穫されました。それから、果樹栽培も行われています。 ウガノンの学校の生徒達は、9月からコートジボワールの伝統料理を楽しんでいます。このプロジェクトを通じて、生徒達は食事しながら、彼らの土地で生産された食材や自らが持つガストロノミー文化の重要性という、かけがえのないものを学んでいます。このプロジェクト“コートジボワールの地産地消―バランスに配慮した、体によい学校給食―”には、生物多様性のためのスローフード基金が、グンド財団の協力を得て、運営アドバイス及びプロジェクト支援を行っています。 南米 ソチミルコのチナンパの生産者(メキシコ) 1987年、ユネスコにより世界遺産に登録されたソチルミコは、メキシコの植物及び動物の幅広い生物多様性を有する農のオアシスです。 首都を有する大都市地域に長年にわたり組み入れられてきた土地であるにも関わらず、ここに広がる広大な湿原地帯では、地域の伝統の保持に努める、とても活動的な農業従事者のコミュニティがあります。この地域には、チナンパといわれる独特の“浮き畑”が作り出されており、そこで、トウモロコシを含む極めてバラエティに富んだ食材が生産されています。また、チナンパを分ける運河は、カヌーの通行に支障を来すことのないよう十分な幅を保っています。 同地域の環境プロジェクトに直接に参加している76名は、3つの作業グループのいずれかに属しています。その3つとは、様々な種類の野菜、穀物、地域特有の果物の生産を行う耕作者のグループ、薬用植物の生産者グループ、さらに、園芸植物の生産者グループです。 なかでも、園芸植物の生産者グループは、メキシコの伝統と結びつき、ソチルミコで最も重要な花であるマリーゴールドを栽培しています。一方、利益を生む農作物として挙げられるのは、もちろん、トウモロコシです。これは、メキシコ料理において、トルティーヤ、スープ、タマーリ(トウモロコシ粉と肉を使用)、ケサデイヤス、トウモロコシ粉など、幅広く利用されています。 全ての生産物は、 生鮮食品及び加工食品のいずれにおいても、コミュニティ内部で消費されるか、仲介業者を通じて市場で販売されています。 また、ここでは、様々な自生植物の種子も幅広く集められ、保存されています。 北米 ノバスコシア州のメープルシロップ生産者(カナダ) 米国北東部、カナダのオンタリオ州、ケベック州、ニューブランズウィック州、ノバスコシア州は、世界最大のメープルシロップ生産地帯です。ケベック州だけで、その生産量が80〜90%を占めるのに対し、ノバスコシア州の生産量はわずか1%の生産にすぎません。このノバスコシア州のコミュニティは、70の生産者によって形成されています。この地域で育てられているカエデの種類は、とてもゆっくりと成長し、米国やカナダのオンタリオ州、ケベック州のものと比べて、生産量も少ないものです。 メープルシロップの生産過程は、まず“抽出”から始まります。これは、ハンマーにより小さな管を慎重に挿入した幹の樹皮に切り込みをいれ、最終的に樹液が小さな管を通じて抽出される作業です。この作業は、気温が0℃に以上になり始める3月か4月に行われます。この時期、木はそれまでの静止状態を脱し、成長の準備を始めるのです。集められた樹液は、そのままの状態では水分97%、糖分2%、無機塩1%で構成されています。そして、そこから、余分な水分を取り除くために、長い時間火にかけられ、糖分が少なくとも66%に達するまで濃縮されます。この過程を経て、40リットルの樹液から、ようやく1リットルのメープルシロップが生まれるのです。 カエデの樹液を抽出できる時期は、わずか4〜6週間に過ぎず、若芽が出始める4月半ばから4月末の間には、その時期は終わりを告げます。 アジア 蜂屋の干し柿(日本) 堂上蜂屋柿とは、現在の岐阜県美濃加茂市、蜂屋地域特産の干し柿です。その歴史は9世紀にさかのぼり、朝廷(堂上)や将軍家の人々に献上されたと伝わっています。また、そこで、“蜂蜜のように甘い”と評されたことから、蜂屋という地名が生まれたといわれています。 この柿を納めていたことで、蜂屋地域は長い間、米の年貢が免除されるという特権を有していました。しかし、その栽培は、養蚕に利用される桑にとって代わられ、ほとんど完全に姿を消しました。現在まで、その柿の木や生産技術を保つことができたのは、ひとえに、1900年代前半における村瀬という耕作者の努力のおかげです。彼は、同地域の老夫婦の家の庭で、最後の一本となるその柿の木を探し当て、その枝をコミュニティの人々に分け与え、接ぎ木を行わせたのです。 柿は11月から12月に収穫された後、3日間から7日間、熟成のためそのままにおかれます。次に、皮をむき、煙でいぶしてから、最初は陰干し、続いて日干しで吊るします。生産者は、柿の表面を手で何度も磨き上げ、刷毛で余分な砂糖を取り除きます。 毎年1月、“柿寺”と称される瑞林寺において、数多くの人が参加する柿茶会が催されることからわかるように、この特別な果実は、美濃加茂の文化、伝統と密接に結びついています。 しかし、生産者の高齢化に伴い、再び生産の存続が危ぶまれています。蜂屋柿を守り、生産技術を伝えていくために、毎年、小学3年生と小学6年生の子供達それぞれに向けた講習会が行われています。 西欧 ランサローテの“イェマ・デ・ウェボ”のジャガイモと“ゴフィオ”の生産者(スペイン) ランサローテは、カナリア諸島第4の島で、その最北東にあり、冷涼で絶え間ない大西洋の北風にさらされる島でもあります。ユネスコにより生物自然保護地域に選ばれたものの、同島では、数多くの観光客が押し寄せ、島の地理的、文化的独自性には関心を払わない観光業が主産業として続いています。 土地は、とりわけ島の南部において、とても乾燥していますが、多くは火山灰土壌となっています。この土地を耕すため、耕作者はずっと昔から独自の石の壁を建設し、強風から作物を守ってきました。しかし、それは同時に、機械類の使用の妨げにもなるものでした。 このコミュニティは、全て小規模生産者である島の農業従事者により、構成されています。彼らは、膨大な手作業を積み重ね、この乾燥した土地において、いくつかの希少な農作物を作り出しました。しかし、島の環境のため、農業分野で豊かな収益を上げることはできず、このため、多くの人々が徐々に離農し、ランサローテの田園風景は喪失する一歩手前に来ています。 ランサローテの田園で、伝統的に働くことにこだわる僅か100人程の農業従事者は、いくつかの農作物の生産に懸命に取り組んでいます。より象徴的なものの一つが、かすかに甘い味のする島特産のジャガイモ“イェマ・デ・ウェボ”です。これは皮ごと食べられ、そのために、“パパス・アルカダス(しわのよったジャガイモ)”と呼ばれます。また、ほとんどの場合、海水でゆでられ、そこに、ニンニクを基本としたソースをつけて食されます。 2つ目の希少な農作物は、“ゴフィオ”です。これは、トウモロコシや小麦といった穀物、また以前には、豆類(現在は、ほとんど姿を消した特産の豆)を、火であぶり、石臼で挽いて作った粉のことです。“ゴフィオ”は、極めて栄養価が高く、お菓子や地域名産のスープの原材料として使われています。 このコミュニティにとって、スーパーマーケットで販売されている輸入農作物と価格競争をすることは、非常に困難なことです。また、島の伝統的食材のプロモーションにいまだ熱心でないレストランや商店に販売することも、難しいと言わざるをえません。農業従事者は、特に、何世紀にも渡り石臼挽きで作られている“ゴフィオ”について、その生産プロセスが評価されることを切望しています。高齢者によって経営されている製粉業者は、経済的観点で、若い世代の人たちへ魅力を発信できないという理由で廃業の危機にあるのです。 このコミュニティは、ただ表面的に一見しただけでは何も生み出さない印象を受けるこの土地を、利益を生むすばらしい土地とすべく戦っています。 東欧 コストロマの黒塩生産者のコミュニティ(ロシア) 黒塩には何世紀にもわたる歴史があり、その歴史は、ロシア、コストロマ地方北部の修道院が、岩塩を初めて精製した時より始まります。黒塩は、まさに四旬節の木曜日のために用意され、復活祭の料理を味付けする調味料として使われたことから、ロシア語で文字通り“木曜日に作られるもの”と呼ばれています。長きにわたって、この黒塩は、ロシアの人々の料理遺産の一部となっており、秘伝の製法は何世代にも渡って伝えられてきました。 しかし、あらゆる宗教的行事をほぼ廃止した共産党政権の誕生により、黒塩の生産はストップし、伝統的な製法は忘れられてしまいました。1990年代半ば、コストロマの住人で、20年のキャリアを持つ消防士であったレベデフ・アンドレイは、“科学と生活”という雑誌で、 黒塩の驚異的な効用についての記事を読み、この地域の歴史的な黒塩を復活させることを決意しました。 アンドレイは、隣村の婦人の協力を得て、伝統的な製法をよみがえらせました。その製法とは、まず、ライ麦の粉と混ぜ合わせた岩塩を麻袋にいれ、それを樺の木材で囲んだ後に、かまどに入れ、全て燃やします。そして、その後、球状である固体の化合物を機械により粉々に砕き、ふるいを使ってこすというものです。 黒塩の生産者のコミュニティのある地域は、工業地帯と離れており、自然に恵まれています。樺の木材を燃やすことによって、地域の生態系を損なうことはありません。なぜなら、森の拡大を抑制するために、伐採は計画的に行われ、認可されているからです。 このコミュニティのメンバーは、18歳から40歳までの女性5名、男性5名の計10名で構成されており、その国籍や信仰する宗教も様々です。 オセアニア タスマニアのワラビーの肉の生産者と加工者(オーストラリア) タスマニアとフリンダーズ島は、オーストラリア大陸の南に位置しています。ワラビーは、カンガルーに似ていますが、より小柄な野生動物であり、その名前は、かつてシドニーの地域に居住していた先住民族のエオラ語に由来します。ワラビーの生息地は低木の密林地帯である一方、カンガルーは半乾燥地帯の広大な平原を好みます。フリンダーズ島とタスマニアが相対的に孤立していたことや、事実上、その生態系がほぼ無傷であったことが、植物と動物の幅広い生物多様性の維持・発展を可能にしました。 この食のコミュニティは約80名で構成されています。メンバーは、高品質が保証されたワラビーの畜産家、肉屋、そしてレストランでこの唯一の生産物を推奨するシェフたちです。 ワラビーの肉の調理法は、レッドペッパーを全面につけ、ステーキのように焼くというものです。また、ワラビーの肉の2つ目の製品は、タスマニアのサラミです。これはまず、ひき肉にし、スパイスで味を整え、腸詰めにし、最後に燻製にするものです。 ワラビーは、地元において重要な食材である一方、 その他の地域のオーストラリア人からは、味の繊細さ、脂分の少なさにも関わらず、ほとんど食べられていません。